仏法考察



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[219] 本仏・本尊論25

投稿者: 法介 投稿日:2018年 9月30日(日)04時30分52秒   通報    編集済


意識の共有


天台大師は、
大乗仏教の「唯識論」の物事を認識する
心の作用「識」への考察を
「九識論」として展開しました。

「九識論」では、「死」は、人の意識が
「末那識(まなしき)」「阿頼耶識(あらやしき)」へと
潜在化していくプロセスであると説きます。

「死」によって肉体が滅びることで
六識が消滅し、執着していた我が無くなることで七識も滅します。
そして八識の「阿頼耶識」へと意識は辿り着きます。

辿りついた意識は、
肉体が存在しない為、
他の意識と共有して存在します。

先に説明しました「仏の用の三身」は、
この深層意識に於ける
「意識の共有」による用(はたらき)で
「凡夫の体の三身」と「仏の用の三身」とが境智冥合して
体と用とが一具となり
当体蓮華の一体の仏と成って
南無妙法蓮華経となります。

日蓮正宗が主張するような、
「日蓮大聖人様が南無妙法蓮華経なのです。」
では、ありません。

『当体義抄』
「倶体倶用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは
 日蓮が弟子檀那等の中の事なり」


つづく

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