仏法考察



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178件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。


[185] 万年救護本尊 ②

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 9日(月)14時31分49秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

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万年救護本尊の相貌

仏部より天部・明王までが明記・勧請され、十界皆成の本仏の仏国土の意義を表しているので仏法守護の四天王が冥伏され、及び天界の悪道の第六天魔王以下地獄界までの衆生が、法華経宝塔品の三変土転の人天移さるるの意義に基づき冥伏されている。
又、日本守護の本化垂迹の天照・八幡の二神が「天照八幡等諸仏」と明記されその本地を示されている。なお図顕讃文の意義も含む当大曼荼羅の示し書により、日蓮自身の上行自覚が示されている。


三変土転

「虚空絵の儀式」が始まる前に、 お釈迦様は諸仏の来訪を受け入れるために、二度、三度、 八方の二十千万億の世界を変えて娑婆世界を浄土にしました。

釈迦は、諸々の天子と人を他の世界に移した訳ですが、 そのことを三変土転とも三変浄土ともいって 「法華経見宝塔品第十一」に詳しく述べられています。
http://james.3zoku.com/pundarika/pundarika11.html 現代語訳

浄土と化しているので、通常四すみに書かれるはずの四天王もこの「万年救護本尊」には書かれていません。

要するに十界皆成の本仏の仏国土の意義を表しているから、大聖人様も自らを上行菩薩と宣言されているのです。


          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

大石寺第17世日精の『富士門家中見聞』の中に、


    「又弘安二年に三大秘法の口決を記録せり、
     此年に大漫荼羅を日興に授与し給ふ万年救護の本尊と云は是なり、
                 日興より又日目に付属して今房州に在り」


という記述があります。
ということは『日興跡条条事』に書いてある


    「日興が身に充て給はる所の弘安二年の大御本尊並御下文日日に之を授与す」


とした"大御本尊"とは保田妙本寺にある「万年救護本尊」と考えるのが自然なのではないでしょうか。日興上人が 離山の際に戒壇の御本尊を持ち出した記録もありませんし、大聖人様ご直筆の御本尊の脇書において「大本尊」と記されているのは「万年救護本尊」唯一、一体だけですから。

しかし、「万年救護本尊」は、大聖人様が上行菩薩の再誕であり、 日本が本国土であることを顕示した「顕発本尊」という立場の御本尊であって、「修行本尊」ではありません。
そのことは、妙本寺に伝わる日郷の文書において、この本尊に対して次のような戒めがあることからも分かります。



   「一、日蓮聖人御自筆本尊一舖文永十一年甲戌十二月 日
    一、日蓮聖人御所釈等
    一、天台六十巻一部
    右法蔵に籠め奉る也、師子相承の族等、代代受学の輩、緩怠の義無く守護し申さ令む可し、
    若しは猛悪の義を存し、 若しは兪盗の思いを成す者は、一門の列中に配し、
    衆中の交わりを留む可きの状件の如し。                文和二年 日郷判」
    (日郷『安房国北郡吉浜村内中谷奉籠置本尊聖教事』日蓮宗宗学全書2-280ページ)



日郷は「法蔵に籠め奉る」として、これに背く者は「日郷門流に非ず」と厳しく戒めています。
ですから、妙本寺歴代貫主もこの本尊を書写することはしていませんし、 妙本寺本堂に安置されている御本尊も、日興書写の御本尊です。

だとすると、そもそも「戒壇の御本尊」自体が無かったのではと私は思います。
御書のどこにも「戒壇の御本尊」という文字は見当たりません。
ご自分の目でお確かめください。
https://www.sokanet.jp/kaiin/gosho_search/index.html  日蓮大聖人御書全集 全文検索



  伝教大師云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ
  円珍智証大師云く「文に依つて伝うべし
                      『開目抄下 』
 「菩薩・人師の言には依るべからず仏の御定を用いよ
                   『法華初心成仏抄 』



大聖人様のお言葉です。

http://mh357.web.fc2.com/




[184] 万年救護本尊

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 7日(土)11時25分38秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

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日蓮正宗大石寺第17世法主「日精」の著作である「家中抄」には、天奏から戻った日郷師は、日目上人から相承を賜ったと告げたため、日道師と大石寺第4世を巡って諍いが起きたと記されています。

この後継をめぐる対立は大石寺を二分する争いとなり、結局、日郷は「万年救護の大本尊」や日蓮大聖人の御影などの重宝を持って大石寺を離れ、小泉久遠寺に移り、その後保田妙本寺を建てた。

現在も保田妙本寺に現存している「万年救護の大本尊」は、日蓮から日興、日興から日目、日目から日郷、そして日郷から保田妙本寺の歴代貫首に伝承されてきた。 その本尊の脇書には、

「大覚世尊御入滅後二千二百二十余年を経歴す、爾りと雖も月漢日三ヶ国の間未だ此の大本尊有(ましまさ)ず、或は知って之を弘めず、或は之を知らず、我が慈父仏智以て之を隠し留め末代の為之を残し玉う、後五百歳の時上行菩薩世に出現して始めて之を弘宣す」。

と書かれています。

大聖人は「日蓮は上行菩薩の応現であり、日蓮の本地は上行菩薩である」と明確に宣言され、また久成釈尊を「我が慈父」と尊崇し、「この大曼荼羅御本尊は久成釈尊が末法救済の為めに留め残され、末法に我が本弟子上行菩薩に弘宣を命じられた本尊であり、今上行菩薩の再誕として日蓮が弘宣するのである」と語っています。

本化妙宗の山川智応博士著『日蓮聖人研究第二巻』には、この讃文(脇書)に関して以下の様に述べられています。

なぜ此の文永十一年十二月に、御自身の本地顕発の御本尊(万年救護本尊)を御図顕なったかといふと、佐渡にお越しになるまでの「勧持品」の二十行の偈文の実行において、聖祖は上行菩薩の弘通における文証を実践せられた。ここにおいてか我れ使命を受けたる人として、三大秘法の中心たる本尊を顕はされ、また三秘建立をなされた。これ上行菩薩の弘通における理証を実践せられたものである。即ち上行菩薩でなくば悟り出し弘通することの出来ぬ理を悟り出し弘めはじめられたのである。けれどもまだ佐渡では現証が周備しない、自界叛逆難は当った。まぎれもなく当った。他国侵逼難も牒状は度々来たが、まだ実際は来なかった。然るに佐渡御赦免後、『ヨモ今年ハ過シ候ハジ』と仰せられた、その文永十一年十一月に蒙古は果して来たのである。その十二月十五日聖祖「顕立正意抄」を作って、「立正安国」の予言の符号を仰せられた。これ上行菩薩の弘通における現証を実現せられたものである、即ち霊的大威力者たる現証を完成せられたのである。こゝにおいてか聖祖御みづから此の御本尊を御認めになって、憚る所なく本地を御顕発になったのであると解して、非常に厳重なる御化導の隠顕進退が了られ得るのでありまする。
(山川智応全集第四巻506~7頁)

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[183] 郷道論争

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 7日(土)06時59分9秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

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ヤフーの知恵袋で、
過去にrsd37264さんが回答した文ですが大変重要な文なので、そのまま引用します。

>大石寺と北山本門寺はなぜ袂を分かったのですか?

大石寺を開創した日興は永仁六年(1298年)二月に重須の地頭、石川孫三郎能忠が宗祖御影堂・天照太神垂迹堂を建立寄進したのを機に重須に移り初代住職になりました。
その後、民部日向の弟子だった寂仙房日澄が帰伏後に重須初代学頭になり二代目は三位日順が学頭になっています。

創建当時は同じ初代住職を日興が勤めたこともあり、その後暫くの間は両寺は良好な関係にありましたが、文明十四年(1483年)に大石寺と同じ日興門流の小泉久遠寺との間に「血脈相承」に関する論争が起きた際に、重須(北山本門寺)の日淨は小泉久遠寺の日郷の末流こそ宗祖日蓮・派祖日興の正嫡であると主張して小泉久遠寺を「正嫡」とすることに賛同した為、それが契機となって大石寺と袂を分ったようです。

大石寺では現在の北山本門寺を「重須談所」と称して、半ば大石寺の付属機関であるかのように言っていますが、「重須の寺」は檀那の地頭が南条氏ではなく石川氏であり、初代住職に日興が就任し学頭まで置いていますから創建当初から大石寺と同格の独立した本山格の寺院であると見たほうがよいでしょう

その後重須の寺は永正十二年(1515年)日国の代に駿河国の太守、今川氏親の許可を得て正式に「本門寺」と名乗りました。

この大石寺と北山本門寺が対立する契機となった大石寺と小泉久遠寺との間に持ち上がった「血脈問題」とは、日興に大石寺を譲られた日目が弟子の日郷と日尊を伴なって「天奏の途上(京都の天皇に仏法を説きに行く旅の途中)」美濃国垂井で元弘三年(1333年)11月15日に遷化した為、その後、師日目の遺志を受け継いだ日郷・日尊は天奏を遂げ、その後、日尊は京都に残り要法寺系の初代となり、日郷は師日目の遺骨の一部を奉じて大石寺に帰りましたが、自らが師から後事を託されていたのに大石寺では既に新田氏の一族出身の日道が住職に就任していた為、師の留守中に勝手に住職に就任した日道を非難して、自らは日目の正式な跡目として大石寺蓮蔵坊に入り塔中の東側の大徳方の支持を得ました。

大石寺は西の大坊の日道と東の蓮蔵坊の日郷の二人の「法主」が並び立つ異常事態となったわけです。
後に大石寺側は「これは血脈問題ではなく、単に東坊地の所有権を巡る争いに過ぎない」と問題の本質を振り替えていますが、これは相伝には寺地の相続をともなうのは当然のことから、大石寺側の勝手な言い分に過ぎないようです。

その後、大石寺内の形勢が南条家出身の日道に傾いたこともあって、日郷は弟子を連れて飽く迄も師日目の正式な跡目として小泉久遠寺に入り、次いで安房国(千葉県)吉浜に法華堂を建てて、師日目から相伝した本尊、聖教類聚を奉安したのが現在の大本山保田妙本寺です

日郷はとても公正に人物を評価することが出来た方だったようで、自分の跡目を南条時綱の子息である日伝に相承して、正平八年(1353年)4月25日に遷化しました。
日郷の遷化によって一旦は大石寺の跡目をめぐる「血脈相承」の問題は終息したかのように見えましたが、日目から日道への「血脈相承」はなんら外形的な証拠が無く、大石寺は「内付」であると主張していましたが、大石寺内でも日道が正嫡であるとこを訝る声が上がり、再び小泉久遠寺が血脈の正統性を主張するに及び、兼ねてから不信に思っていた重須(北山本門寺)の日淨は小泉久遠寺に賛同したと言う訳です。

この大石寺日道と日郷の其々の末流の対立は、その後70年余の長きに亘り、今日まで影響を及ぼし続つ゛けていることは、北山本門寺と小泉久遠寺がともに大石寺の「唯授一人血脈相承」を否定し、「本門戒壇大本尊」の絶対性を認めていない事からも理解できます。
また、日郷の末流である大本山保田妙本寺は、一時は創価学会の戸田城聖の働きかけにより日蓮正宗に属しましたが、鎌倉日桜師の代に、日郷師の遺風を仰いで大石寺と再び袂を分かちました。

私は院生時代に保田妙本寺に仕事でお伺いする機会を得ましたが、日桜師には進んで貴重な資料を提供くださり『万年救護大御本尊』を始め数々の重宝を目の当りにしています。

「日郷上人」以来の資料は、その全てが当時のものであり、何も飾らず有りの侭を後世の伝えんとした「日興上人」の謹厳実直な精神に触れる思いがしました。

鎌倉日桜師は「私のところは今の時代に何一つ隠し立てする必要はありません」と仰せになられたことを懐かしく思い出します。

それに引き比べて、本尊や古文書の調査を頑なに拒んで、それでも次から次へとボロが出る何処かの「総本山」とは比べることすら失礼かも知れません。
私は部外者の一人ですが、ひょっとすると「日目上人」の正式な跡目は「日郷上人」だったかも知れませんね。

『日興跡条条事』は改竄文書ですし『戒壇本尊』は「日蓮聖人」の図顕本尊ではないようです。


ご参考まで。
鎌倉日桜師には高僧に相応しく安祥として御遷化遊ばされたそうです。

以上、rsd37264さんがヤフーの知恵袋で回答した文です。

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[182] 戒壇の御本尊の真偽 ②

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 6日(金)18時48分46秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない。
http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/01/31/000248

戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違。
http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/02/06/065121

興門流の各文書に見る戒壇本尊への疑義。
http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/05/12/060620

何故わたしは、所謂「本門戒壇の大御本尊」の真偽を論じるのか
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/doki.html



[181] 戒壇の御本尊の真偽 ①

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 6日(金)18時15分2秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用


堀日亨上人は、自らの著書「富士日興上人詳 伝」において、次のようなことを書いている。


「(仏教家の史談も)教化的効果のあがるように、俗受けのするようにとばかり考えてこしらえたものが多いようである。 家中抄の御筆も、いささかこれに類するやに思うが、とにかく宗門人の史談の種本が精師以後、今日にいたるまで家中抄そのまま、またはここに輪を掛けた俗悪低流の物を多く顧みて、いまの引文をここに批判するの止むを得ぬにいたり、ついにあるいは冗漫あるいは失礼(先師に対する)にわたりしことを許されたし。 むろん富士宗学要集の中には間々天註に注意しておいた。 御荷物の中に「生御影」「御骨」はかならず御奉持であるべきであるが、板本尊にいたっては研究の余地が存ずる。(中略)現存大石の多数のものは、南条下之坊保管の物であり興師の延山時代には関係ない。 すでに原殿抄の末文にあるごとく、延山の常住物はなに一つ持ち出してない。

 涅槃経の中の二巻を御使用のまま持ち出されたので、十二月十六日に返還せられてあるくらいで、したがって日尊実録の中にも 『身延沢御退出の刻・公方・聖教・世事雑具等皆悉く御墓所に之を置く可きの由、衆徒に相触れられし時、面々供奉の人々一紙半銭も持ち出ることなし』 と書いておる。 とうぜんのことである。」 (富士日興上人詳伝(上)280-281頁、聖教文庫)


つまり、日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨は、「日興は身延離山のときに、身延山久遠寺から何も持ち出していない」と、自ら断言している。そして「日尊実録」の文の意味も、まさにこの意味であり、とうぜんのことである、とまで言い切っているのである。


日尊実録とは、

日蓮正宗大石寺の三祖日目の弟子で、富士門流八本山のひとつである京都要法寺の開祖である日尊の口述を、日尊の弟子の日大(京都・住本寺の開祖で、要法寺の歴代法主)が筆記して記録した文書で、
その「日尊実録」の中に次のような記述がある。


身延沢御退出の刻、公方、聖教、世事雑具等、皆悉く御墓所に之を置くべきの由、衆徒に触れられし時、面々供奉の人々、一紙半銭も持ち出ることなし」  (日大筆「日尊実録」─日蓮正宗59世法主堀日亨編纂「富士宗学要集」第5巻p335)


身延山久遠寺を離山する時は、日蓮ゆかりのものは、お経から雑具にいたるまで、ことごとく御墓所に置くべきとのことだった。だから、皆がそれらを整理した時、そこにいた人たちは、紙一枚、半銭も、身延山から持ち出すことはなかった。

この「日尊実録」という文書は、日蓮正宗59世法主堀日亨が生涯をかけて編纂した、「富士宗学要集」にしっかり収録されている。「富士宗学要集」とは、日蓮正宗の正式文献である。



[179] 天界 ④

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 5日(木)08時08分21秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

色界は、人間の目には見えませんがリアルで実在している世界で
大気圏外に広大に広がる世界であろうと思います。
その大きさは、6キロ~11万2千キロです。

巨大でリアルに惑星並の大きさの体で存在している神々が梵天です。

宇宙空間には無数の惑星が存在しています。
梵天はそういった惑星をひとつの生命体としてとらえた神々なのでしょう。

「人間は死んだらお星様になる」といった俗説もありますが、
もしかすると大変な善行を積み、瞑想をしてジャーナを得た人の死後を言ったことかもしれません。



[178] 天界 ③

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 5日(木)07時44分34秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

色界


色界は、善行をおこなって瞑想をして禅定という心を作らないと、決して入ることができない世界です。
梵天(ぼんてん)という「世界の創造主」である偉大な神さまがいらっしゃる世界と言われています。
梵天の体の大きさは巨大で、数キロ~6500キロメートルの大きさになります。
火星の大きさが6795キロメートルですので、火星の惑星と同じくらいの大きさになります。
これは空想とかではなく、リアルにいらっしゃる色界梵天の神様の大きさです。
ちなみにお釈迦さまは梵天ともあって説法もしています。

そうして色界は次のような構成になっています。


<色界の世界>


【初禅天】

梵衆天(ぼんしゅうてん)
第1天
身長は半由旬(約6.5?)、寿命は半劫(21億6千万年)

梵輔天(ぼんほてん)
第2天
大梵天王を補佐する大臣
天衆の身長は1由旬(約13?)、寿命は1劫(43億2000万年)

大梵天(だいぼんてん)
第3天
いわゆる「梵天」。バラモン教やヒンドゥー教のブラフマー神がこの大梵天です。
天衆の身長は1由旬(約13?)、寿命は1劫半(64億8千万年)



【第二禅天】

少光天(しょうこうてん)
身体より光明を放つ梵天衆

無量光天(むりょうこうてん)
身体より無量の光明を放つ梵天の大臣

発光天(はっこうてん)または光音天



【第三禅天】

少浄光天(しょうじょうこうてん)
天衆の身長は16由旬(約208?)、寿命は16劫(691億2000万年)

無量浄光天(むりょうじょうこうてん)
天衆の身長は32由旬(約416?)、寿命は32劫(1382億4000万年)

遍照光天(へんじょうこうてん)
身長は64由旬(約832?)、寿命は64劫(2764億8000万年)



【第四禅天】

広果天(こうかてん)
凡夫が生まれ変わることのできる最高の天処である。
身長は500由旬(約6500?)で、寿命は300劫(12,960億万年)

無想有情天(むそううじょうてん)
無想有情で、あらゆる心想(精神作用)がない
寿命は500劫(21,600億万年)

浄居天(じょうごてん)
仏道修行をして不還化(ふげんか)となった者だけが到達できる色界。
死後、そのまま般涅槃する。
色界の最高位の世界です。
浄居天には5層となっていて、
浄居地(じょうごち)、不捨地天(ふしゃちてん)、無熱天(むねつてん)、善現天(ぜんげんてん)、善見天(ぜんけんてん)、無劣天(むれつてん)
となっています。
浄居天の神々は第四禅定に入ったり、あるいは四無量心(しむりょうしん)の三昧に入ったままです。
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http://www.bukkyouoshie.com/tenkai/ 参照

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[177] 天界 ②

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 5日(木)07時15分23秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

天界の一番下にある「六欲界」は、6つの階層構造から成る。

1.四大王天
  いわゆる四天王と呼ばれる神々。
  六欲界の一番下にいらっしゃる神々。

  ・持国天・・・東方
  ・増長天・・・南方
  ・広目天・・・西方
  ・多聞天・・・北方 毘沙門天(びしゃもんてん)とも呼ぶ。

  が四天王です。それぞれ住んでいらっしゃる地方があります。


2.三十三天(?利天:とうりてんとも言う)
  三十三天は、帝釈天がいらっしゃる世界です。
  六欲界の二番目の世界といっても、すでに須弥山の頂上にあります。
  三十三天の神々はパーリ仏典にもひんぱんに登場される神々でもいらっしゃいます。
  ちなみに三十三天の神々の寿命は1000年といいます。人間界の時間に直すとなんと3600万年に相当するといいます。


3.夜摩天(やまてん)
  天界の三番目に位置する「夜摩天」は、亡くなるまでずっと快楽を受け続ける神々でいらっしゃいます。
    夜摩天の寿命はさらに長く、2000年といいます。これまた人間界の時間に換算すると、1億4400万年になるといいます。


4.兜率天(とそつてん)
    六欲界の4番目に位置する天界が兜率天です。
  夜摩天と似ていますが、兜率天は「喜」をずっと受けているといいます。
  ちなみにお釈迦さまの前世が兜率天であったといいます。
  また仏道修行をされた方は、兜率天に多くいらっしゃるといいます。
  お釈迦さまの母親のマーヤ夫人や、お釈迦さま在世当時の在家仏教徒も現在、
  兜率天に多くいらっしゃるといいます。仏道修行を志す方は、兜率天の加護を願うと良いかもしれません。

  ちなみに日本の空海も兜率天へ転生することを言われていましたね。

  兜率天の神々の寿命は、4000年です。人間の時間に換算すると5億7600万年です。


5.楽変化天(らくへんげてん)
  六欲界の5番目の天界が化楽天です。化楽天(けらくてん)ともいいます。
  この天界では神通力を発揮して、自分が欲するものを自在に作るといいます。
  配偶者まで作ってしまうといいますから、人間界でいうところの仙道の達人といったところでしょうか。

  楽変化天になりますと寿命は8000年になり、人間界の時間に直すと、23億400万年になるようです。
  途方もなく長い寿命になってきます。


6.他化自在天(たけじざいてん)
  六欲界の最上の6番目にある天界が他化自在天です。

  第六天ともいう。
  『起世経』巻1には「他化天の上、梵身天の下、其の中間に摩羅波旬・諸天の宮殿有り。」とあり、
  他化自在天と梵衆天の中間に天魔が住んでいるとする。
  また『過去現在因果経』巻3には「第六天魔王」が登場し、「自在天王」と称している。

  日蓮は、第六天の魔王を、仏道修行者を法華経から遠ざけようとして現れる魔であると説いた。
  しかし、純粋な法華経の強信者の祈りの前には第六天の魔王も味方すると、日蓮は自筆の御書で説いている。(ウキペディアより)

  この天界では、他化自在天が望むものを従者が意のままに出してくれて、それを楽しむことができるといいます。
  六欲界では最上の天界ですので、何事も思うようになり、快楽の極みを享受し続けるようです。

  他化自在天の寿命は、16,000年になるようです。ちなみに人間界の時間に換算すると、92億1600万年です・・・。


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↑ http://www.bukkyouoshie.com/rokuyokukai/rokuyokukai.html



梵天の神さまは、六欲界の神さまのようにハッピーな状態を超えて、もっと深く静かで統一した心で存在していらっしゃいます。
この心の状態は、いわゆる「禅定」という状態で、生命体としては、最高の存在ですね。

そして人間も、梵天の心になれることがあります。それが瞑想です。
瞑想をすることで、心が静まり、静寂になり、心の動きがなくなってくると、スーっと入っていくことがあります。
いわゆる「禅」「ジャーナ」「定」と呼ばれる状態です。「禅定」という状態です。
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↑ http://www.bukkyouoshie.com/tenkai/bontenkami.html



[176] 天界 ①

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 4日(水)12時36分42秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

六欲界

御本尊様の四すみに書かれてある

持国天・・・東方
増長天・・・南方
広目天・・・西方
多聞天・・・北方

はいずれも天界を住処とする神々です。
世間一般ではこれをまとめて四天王とも呼んでいます。
この四天王は天界の中でも一番下の六欲界(一般的な神々)に属する神々で、その上に色界(梵天界)があり、
天界の最上階に無色界(梵天界)があります。

  三界によって構成される天界

  無色界(梵天界)
  色界(梵天界)
  六欲界(一般的な神々)


天界の存在は大聖人様も「祈祷抄」の中で次のように言われています。

祈祷抄より

「人間界に戒を持ち善事を行う者が多ければ、人は死んで必ず天に生まれる。」

「これらは、皆法華経によって仏になられて、この三千大千世界の地上・地下・虚空の中におられる。
 迦葉尊者はケイ足山におり・文殊師利は清凉山におり・地蔵菩薩は伽羅陀山におり、・観音は補陀落山におり・
 弥勒菩薩は兜率天に・難陀等の無量の竜王や阿修羅王は海底海畔におり・帝釈はトウ利天に・梵王は有頂天に・
 魔醯修羅は第六の佗化天に・四天王は須弥の腰におり・日月や衆星は我等の眼に見えて頂上を照らしている。」

「仏が法華経を説かれてから二千二百余年である。人間こそ寿命が短いから、仏を見た人もいないが、
 天上は日数も長いので、仏を拝み法華経を聴聞した天人はかぎりなく多くいるのである。
 人間の五十年は四王天の一日一夜である。この一日一夜をもととして、一ヵ月を三十日、一年を十二月ヵ月として、
 寿命は五百歳である。したがって、人間の二千二百余年は四王天の四十四日である。 」

四天王の他に御本尊様に書かれている大梵天王・第六天魔王・大日天王・釈提恒因大王(帝釈天王)・大月天王等も
いずれも天界の神々です。

色界(実体が存在する世界)・無色界(実体が存在しない世界)はともに人間界とは別に存在する世界ですが、
六欲界は欲界、すなわち人間界の最高界として存在します。
ですから、信心をしていない法華経を知らない人達でも、生前の行いが良ければこの六欲界(六欲天ともいう)には転生します。
(色界・無色界は仏道修行しないと辿りつことは出来ません)

イエス・キリストや聖母マリア様などはこの六欲界に転生した神という位置ずけになると思います。
日本でも生前に立派な行いを行じた偉人を神として祭って崇拝していたりもしますが、あながち間違った考えではありません。

日本神話に出てくる天照大神や、天皇のルーツにあたる八幡大菩薩もこの六欲界の神々で、
それら天界の神々は法華経の行者を守護すると経典に記されていますので、
大聖人様は御本尊様に示されていますし、神社へ参拝もなされています。

龍の口の法難の際には、刑場へと引かれていく途中、鶴ヶ岡八幡宮にさしかかった時に、
大声で「八幡大菩薩はまことの神か・・・」と、法華経の行者を守る役目を果たすよう叱りつけた話は有名です。

御本尊様の中に日本の神である天照大神や八幡大菩薩が書かれていることを不思議に思う人もいるかと思います。
昭和36年当時の「日蓮正宗 勤行要典」の御観念文には、

 初座
 生身妙覺自行の御利益・大梵天王・帝釋天王・大日天王・大月天王・大明星天王・
 天照太神・正八幡大菩薩等惣じて法華守護の諸天善神・諸天昼夜常為法故而衛護之の御利益・法味倍増の御爲に

と、天照大神や八幡大菩薩も記載されていました。



[175] 声聞・縁覚 ③

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 4日(水)12時20分2秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済


開三顕一(かいさんけんいち)


  開三顕一とは、読んで字の如く「三を開いて一を顕わす」ことであり、法華以前の声聞・縁覚・菩薩の三乗の教えを開き、一仏乗の真実の教えを顕わし出すことを言います。
 釈尊はインドに出現し、三十歳に菩提樹下で悟りを開いてより、華厳・阿含・方等・般若等の教えを四十二年にわたり説かれ、最後の八カ年に法華涅槃の教えを説かれましたが、最後の説法である法華経を説くに当たって、法華部の開経である無量義経に、

 「種種に法を説くこと、方便力を以てす。四十余年には未だ真実を顕さず」
                         (法華経一一〇㌻)
と説かれ、さらに法華経『方便品』には、

 「世尊は法久しうして後 要ず当に真実を説きたもうべし」 (同 九三㌻)
 「唯一乗の法のみ有り 二無く亦三無し」        (同 一一〇㌻)

等と仰せられて、法華以前の四十余年の爾前経における三乗の教えは方便の仮の教えであり、これから説く法華経の一仏乗の教えこそが真実の教えであると宣示されています。


<釈尊の本懐>

 なぜ法華経が真実の教えであるかと言いますと、法華経に初めて一切衆生の成仏の道が示されたからなのです。釈尊は『方便品』の中に自身の出世の本懐について、

 「我本誓願を立てて 一切の衆をして 我が如く等しくして異ること無からしめんと欲しき
                        我が昔の所願の如き 今者已に満足しぬ」
                                   (同 一一一㌻)

と示されました。つまり釈尊は昔より一切衆生の成仏を願われてきましたが、現在この法華経を説くことによって、二乗をはじめとする一切衆生がおしなべて成仏できるのだから、自分の所願は既に満足したのだと仰せになったのです。

 そして、その願いは三世十方の諸仏の共通の願いでもあったのです。
『方便品』には、

 「諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう」(同一〇一㌻)

と説かれています。つまり三世十方の諸仏はただ一つの重大な因縁・目的をもって、この世に出現したのであり、その唯一の重大な因縁・目的とは、一切衆生が持っている仏の知見(智慧)を開き示し悟らせ、その道に入らしめるため、つまり一切衆生を皆、真の成仏に導くためだったと説かれたのです。これを四仏知見(開・示・悟・入)と言います。


<四一開会>

 この四仏知見は、仏の智慧の一切を挙げて法華経に帰一させたのであり、一仏乗の法華経以外には別に仏の智慧はないことを明示されていますから、これを「理一開会」と言います。つまりすべてのものを一つの妙法の円理の中に開会したのです。なお開会とは、開顕会融・開顕会帰の略称のことで、方便の教えを開くことによって真実の教えを顕わすと共に、方便の教えを真実の教えの中に融合し会入し帰一することを言います。
 次に釈尊は、

 「諸仏如来は但菩薩を教化したもう」 (同一〇二㌻)

と説き、「人一開会」を示されました。これは、四十余年の方便の諸経においては、声聞・縁覚・菩薩というように人々を差別的に区別して教化しましたが、法華経においてはこのような差別を取り払って、一切衆生すべてを皆平等に法華円教の菩薩、つまり真の仏の子として一仏乗の教えに帰一させたのです。

 さらに釈尊は、

 「諸の所作有るは常に一事の為なり。唯仏の知見を以て、衆生に示悟したまわんとなり」(同)

と「行一開会」を示されました。これは、仏知見を体得する直道には一仏乗の修行のみがあって、三乗等の方便の諸行がないことを言います。
 次に釈尊は、

 「如来は但一仏乗を以ての故に、衆生の為に法を説きたもう。
           余乗の若しは二、若しは三有ること無し」
                       (同一〇三㌻)

と説いて「教一開会」を示しました。これは、仏の教えは声聞・縁覚の二乗やこれに菩薩を加えた三乗等の教えでは本来なく、ただ一乗の妙法であることを示し、諸乗を法華経に開会したことを言うのです。
 このように理・人・行・教にわたって一乗に開会したことを「四一開会」というのです。


<施開廃の三義>

 中国の天台大師は、この開会を説明するために施開廃の三義を立てました。この施開廃の三義とは、為実施権・開権顕実・廃権立実のことを言います。

 為実施権とは実のために権を施すことで、実教である法華経を説くために、四十二年間権教の爾前諸経を説いて衆生の機根を調えられたのであり、あくまでも権教は実教のための方便であることを言います。

 次に開権顕実とは、権の教えを開いて真実の教えを顕わすことであり、廃権立実とは権を廃して実を立てるのであり、実教を説き明かした以上、もはや権教は廃亡してなくなり、実教のほかに立てる法がないことを言います。

 法華経と権の教えである爾前経との関係は、施開廃の三義をもって説明できます。また、すべての権の教えが真実の法華経に収まっていく姿は、あたかも幾多の河川が一つの大海に収まることに譬えられます。
 日蓮大聖人は『上野殿母尼御前御返事』に、

「たとへば大塔をくみ候には先づ材木より外に足代と申して多くの小木を集め、一丈二丈計りゆひあげ侯なり。かくゆひ上げて、材木を以て大塔をくみあげ候ひつれば、返って足代を切り捨て大塔は候なり。足代と申すは一切経なり、大塔と申すは法華経なり。仏一切経を説き給ひし事は法華経を説かせ給はんための足代なり。(中略)大塔をくまんがためには足代大切なれども、大塔をくみあげぬれば足代を切り落とすなり。正直捨方便と申す文の心是なり。足代より塔は出来して候へども、塔を捨てゝ足代ををがむ人なし」
(御書一五〇九㌻)

と、大塔と足代の譬えをもって、法華経と一切経の関係について説明されています。

                 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 開三顕一は、法華経迹門の教説の中心で、爾前経に絶えて説かれなかった釈尊の随自意の説法であり、その説相には略開三顕一と広開三顕一があります。

 略開三顕一は、まさにただ仏と仏のみしか判らないもので、それは『方便品』の十如実相によって顕わされた理の一念三千の法門です。
 この法理は、続く広開三顕一の三周の説法(法説周・譬説周・因縁説周)によって明かされ、永不成仏とされた二乗の作仏へと実際に繋がるのです。その初めの中で説かれたのが、五仏同道における四仏知見であり、四一開会です。

 これにより上根の舎利弗が未来成仏の記別を受け、その後、譬説・因縁説によって中・下根の二乗の成仏が説き明かされるのです。

 しかしながら、この開三顕一・理の一念三千の法門もまだ迹門の分域であり、本門の事の一念三千の法門からすれば一重劣っています。大聖人は『開目抄』に、

 「迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失一つを脱れたり。
  しかりといえどもいまだ発迹顕本せざれば、まことの一念三千もあらわれず、
                   二乗作仏も定まらず」(同 五三六㌻)

と仰せられているように、本門の教えが説かれて初めて一切衆生成仏の原理である一念三千の法門も確立するのであり、開三顕一の法門も生かされてくるのです。
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http://okigaruni01.okoshi-yasu.com/yougo%20kaisetu/kaisan-keniti/01.html
大白法 935号 より



[174] 声聞・縁覚 ②

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 4日(水)12時15分3秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用


三周の説法


三周の説法とは、迹門正宗分における広開三顕一(こうかいさんけんいち)の説相(せつそう)で、法説周(ほつせつしゅう)・譬説周(ひせつしゅう)・因縁(いんねん)説周(せつしゅう)をいいます。

 釈尊は『方便品』の初めに十如実相を説き、一念三千の理を明かしました。これが略開三顕一(※開三顕一を参照)です。しかし、十如実相は不可思議であり、舎利弗以下の声聞衆にとって明確に領解(りょうげ)することはできませんでした。そこで舎利弗は、さらに広く分別して説法されるよう願い、以下、広開三顕一の説法が『授学(じゅがく)無学人(むがくにん)記品(きほん)第九』に至るまで展開されるのです。

 広開三顕一の説相は、対告衆別に上根・中根・下根の三段に分けられます。三段はそれぞれ、釈尊の正説、対告衆の領解、その領解を承認する述成、そして対告衆に対する記別(きべつ)、の四段からなります。また、上根には直ちに教法を説いて示すので法説周といい、中根には譬喩をもって示すので譬説周といい、下根には釈尊と衆生との化導の因縁を説いて示すので因縁説周といいます。

 具体的に述べると、法説周は『方便品』から『譬喩品』の前段にわたります。釈尊は上根の舎利弗に対し、開示悟入(かいじごにゅう)の四仏知見(しぶっちけん)を説いて一大事因縁を示し、二乗・三乗の法は本来なく、ただ一乗平等の仏知見(一仏乗の法)のみがあることを明かしました。舎利弗は、爾前経において永不成仏(ようふじょうぶつ)と嫌われた声聞にも、平等に仏知見の具わることを領解し、一念三千の理を信解したのです。釈尊は舎利弗の領解を承認され、華光(けこう)如来の記別を授けられました。

 次に、譬説周は中根の四大声聞、すなわち須菩提(しゅぼだい)・摩訶迦(まかか)旃延(せんねん)・摩訶迦葉(まかかしょう)・大目犍連(だいもっけんれん)を対告衆とし、『譬喩品』の後段より『授記品』にわたって展開されます。『譬喩品』では、釈尊が正説として三車火宅の譬を説き、開三顕一の法理を明かしました。四大声聞は、『信解品』で領解した意を長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の譬に当てて述べると、釈尊は『薬草喩品』でこの領解を納受し、三草二木の譬を説いて述成しました。そして、『授記品』において、摩訶迦葉に光明(こうみょう)如来、須菩提に名相(みょうそう)如来、摩訶迦旃延に閻浮那提(えんぶなだい)金光(こんこう)如来、大目犍連に多摩羅(たまら)跋栴檀香(ばつせんだんこう)如来の記別を授けられたのです。

 最後の因縁説周は、富楼那(ふるな)以下の下根の声聞を対告衆とし、『化城喩品』より『授学無学人記品』にわたって展開されます。正説の『化城喩品』では、三千塵点劫の往古、大通智勝仏の十六番目の王子であった釈尊が、父仏の説いた『法華経』を娑婆世界で覆講(ふっこう)し、衆生と結縁したことを明かして化導の因縁の相を示しました。聴聞した下根の声聞衆は、『五百弟子受記品』『授学無学人記品』で領解の意を示すと、釈尊がそれらを納受され、富楼那に法明(ほうみょう)如来、千二百の阿羅漢に普(ふ)明(みょう)如来、阿難に山海(さんかい)慧自(えじ)在通王(ざいつうおう)如来、羅睺羅(らごら)に踏七宝(とうしっぽう)華(け)如来、さらに学無学二千人に対して宝相(ほうそう)如来の記別を授けられ、三周の説法が終了します。

 三周の説法とは以上のように、法華経迹門の大事たる二乗作仏を証明するものですが、ここで大切なことは、智慧第一の舎利弗ですら、己の智慧を捨て、信心をもって仏知見に入ったことです。信心を面(おもて)とする末法では、大聖人の大白法をさらに強く信じ、自行化他に亘り、仏道修行に邁進することが肝要です。
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http://hokkekou.com/yougo/sansyu/
法華講・講員ページ より



[173] 声聞・縁覚 ①

投稿者: 法介 投稿日:2018年 7月 4日(水)12時10分45秒 p891073-ipngn200909fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済


仏の声を聞いて悟る声聞

 十界における第六番目に位置する「声聞界」には、二種・三種・四種・五種という種類があります。声聞とは、声を聞く者の意で、十界のうちの二乗・三乗の一つです。声聞乗のことであり、仏の声教を聞いて解悟し、出家の弟子をいいます。四諦の法門である苦集滅道により、四沙門果の悟りを得、灰身滅智して無余涅槃に入ることを目的とする人々です。声聞と名の付く由来は、「大集経」や「六波羅蜜経」など多くの経典に説かれます。

 声聞界の種類を具体的に上げると、

「二種声聞」とは、
大乗義章に説かれ、小乗に執して大乗の教えに理解を示さない愚法声聞と、大乗の教えを理解し、大乗に向かう不愚法声聞の二つをいいます。

 「三種声聞」とは、
愚法声聞・称実声聞・仮立声聞のことです。愚法声聞は、小乗教の声聞。称実声聞は、大乗始教の声聞で、大乗始教とは小乗から初めて大乗に入った者に説かれた教です。仮立声聞とは、大乗終教の声聞です。

 「四種声聞」とは、
法華論に説かれる決定声聞・増上慢声聞・退菩提心声聞・応化声聞の四つです。決定声聞は、久しく小乗を習い、必ず阿羅漢果を得ることが決定している声聞。増上慢声聞は、未だ証得していないのに証得したと思い、慢心を起こす声聞で、向上心を失い自己満足に浸る声聞です。退菩提心声聞とは、もと大乗を修行していた菩薩が、大乗を退いて小乗を学ぶ声聞のことで、退大声聞ともいいます。正しい信心を退いて、低い教えに信仰を変えることです。日蓮正宗から他宗派に改宗することにも当たります。応化声聞とは、仏菩薩が衆生教化のために変化した声聞であり、変化声聞ともいいます。

 「五種声聞」とは、
法華経に説かれる大乗声聞(仏道声聞)に、先の四種声聞を加えて五種声聞としています。大乗声聞とは、仏道の声を他に説いて聞かせ、小乗の境地に永く安住することなく仏果に至らせる声聞です。天台の『法華玄義』では、法華経説法の時、次々と領解した法説周・譬説周・因縁周の三周の声聞が説かれています。(※三周の説法を参照)

 日蓮大聖人が仰せになる声聞について『十法界明因果抄』に、
「第七に声聞道とは、此の界の因果をば阿含(あごん)小乗十二年の経に分明(ふんみょう)に之を明かせり。諸大乗経に於ても大に対せんが為に亦之を明かせり。声聞に於て四種有り。一には優婆塞(うばそく)、俗男なり。五戒を持し苦・空・無常・無我の観を修し、自調自度(じじょうじど)の心強くして敢(あ)へて化他の意無く、見思(けんじ)を断尽して阿羅漢(あらかん)と成る。此くの如くする時自然に髪を剃(そ)るに自ら落つ。二には優婆夷(うばい)、俗女なり。五戒を持し髪を剃るに自ら落つること男の如し。三には比丘(びく)僧なり、二百五十戒具足戒なりを持して苦・空・無常・無我の観を修し、見思を断じて阿羅漢と成る。此くの如くするの時、髪を剃らざれども生ぜず。四には比丘尼(びくに)なり。五百戒を持す、余は比丘の如し。一代諸経に列座せる舎利弗・目連等の如き声聞是なり。永く六道に生ぜず、亦仏・菩薩とも成らず、灰身滅智(けしんめっち)し決定して仏に成らざるなり。」 (御書211)

と御指南であり、優婆塞・優婆夷・比丘・比丘尼という仏道を志す人です。

 声聞界の生命は、日蓮大聖人の御指南に添うことで、迷いの六道に戻ることが無く、仏の声となる仏法を聞いて悟っていき、自己を誡め境界を高めていくことが出来ます。声聞界で生まれる魔の働き、慢心を上手く扱い、自信へと変毒為薬していければ、成仏の有り難い原因へ繋げていくことが出来ます。
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http://blog.goo.ne.jp/shourinzi1972/c/825886495dd0932c3d619c0c6f44d55a
日蓮正宗 正林寺 (十界の解説より)

http://



[172] 掲示板再開のお知らせ

投稿者: 法介 投稿日:2018年 6月26日(火)05時51分56秒 p98192-ipngn200702fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

本日より「仏法考察」の投稿を再開致します。

ホームページ「桜梅桃李」
http://mh357.web.fc2.com/

を第一章として現在、第二章を構想中です。


第二章は、

 「戒壇の御本尊の真偽」

 「本仏論」

等を中心に展開していこうと考えております。


第二章構築にあたって、第一章の時と同様に
こちらの掲示板は、叩き台としてざっくばらんに有意義に活用していきたいと思います。



[171] ご挨拶

投稿者: 法介 投稿日:2016年11月19日(土)16時34分29秒 p326208-ipngn200710fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

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そこのところは残念ながら愚人さんと私とでは見解の相違があるようですね。

今回の考察をHPの方でまとめましたら
私の妙法観は概ね完成しますので
そろそろリアルでの戦いに転じていこうと考えております。

そうなると、こちらの掲示板はしばらく放置状態になるかと思いますので
ロックをかけて書き込み出来ないようにすると思いますのでご了承ください。

また、再開する時が来ましたらその時は宜しくです。
愚人さんには、色々とお世話になりました。
改めて御礼申し上げます。

ありがとうございました。



[170] 法介氏

投稿者: 愚人 投稿日:2016年11月19日(土)15時57分45秒 softbank126074116174.bbtec.net  通報   返信・引用   編集済

 日蓮聖人の曼荼羅本尊は、ゴータマ仏教や龍樹仏教から観れば、「空」であると思います。

 道元禅師も曼荼羅本尊を「空」と観ると思います。

 伝教大師・日蓮聖人の仏教から観れば曼荼羅本尊は円融三諦であると思います。

 仏教を離れた愚人の考えでは、・・・人には魂が宿り、肉体が滅しても魂は転生を繰り返していると思うのですが、『臨死体験』・『前世記憶』・『中間生記憶』についての本にはモノに魂が宿るとの記述は無いので・・・草木も人(肉体)と同じく無常なので曼荼羅本尊を「空」と観るのが「是」かなと思います。



[169] 『三十四箇事』

投稿者: 愚人 投稿日:2016年11月19日(土)15時09分5秒 softbank126074116174.bbtec.net  通報   返信・引用

  四 別教三身の事

 別教の三身の事

 別教の三身とは、無相の三身なり。歴別の三身なり。先づ無相の三身とは、法身は色に非ず、声に非ず、乃至法に非ず、ただ無相の真如なり。無相の真如は、色心の二法を離るるが故に、真如の所には縁起の性を置かず。真如には縁起・不縁起を云はず。然りと雖も、無明の薫に依って、始めて諸法と転ず。全く法身真如の体には、縁起の謂れ無きなり。ただ無明に薫ぜられて、かくの如く変異す。爾前の円は、性に縁起の理を置く故に不同なり。また歴別の三身とは、法身の所には余の応報無し。報身の所には法応無し、応身の所には法報無し。ただ応身も、この応身を捨てて法身に帰すと云ふなり。法身もかくの如し。故に歴別の三身なり。
 問ふ、性徳の名、名は別教に通ず。別教には性徳の語有りと雖も、三皆性に在りて、互融せず。故に別義を成ず〈文〉。この文は、不融と雖ども、性に三身これ有りと聞こへたり、いかん。答ふ、互融せずと云ふを以て、意得べきなり。性は縁起の謂れ無けれども、無明に薫ぜられて、始めて諸法現前す。故に性は一味なりと雖も、無明に薫ぜられて諸法現ず。また修を以て性に帰す。故に三皆性に在りと云ふ。全く一所に三有るべからず。ただ前後を尋ねて、三と云ふなり。能く能くこれを思うべし。(『道心 第8号』21・21頁)



[168] 愚人さん

投稿者: 法介 投稿日:2016年11月19日(土)14時47分19秒 p326208-ipngn200710fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

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『正法眼蔵入門』のお示しの文章は、水は関わる人が変われば瓔珞にもなれば猛火にも宮殿にもなる。縁起次第で生かされもし殺されもする。といった「無我・無自性」をいわんとされているものと思われます。

道元禅師も事象を空でとらえておられるようですね。

愚人さんは御本尊様も「空」と解釈されておられるようですが、
『十如是事』に、

 「三千と云うは中諦なり」

とありますように
一念三千の当体であられます御本尊様は「中諦」だと私は思っております。

http://



[167] 諸類の水なきがごとし。

投稿者: 愚人 投稿日:2016年11月19日(土)12時24分54秒 softbank126074116036.bbtec.net  通報   返信・引用   編集済

 法介氏。ご返事して下さり有り難う御座います。

 道元禅師(禅宗系では上人ではなく禅師と呼称しているので禅師とします)の『正法眼蔵』に、

 おほよそ山水を見ること、種類にしたがひて不同あり。いはゆる、水をみるに瓔珞とみるものまあり。しかあれども、瓔珞を水とみるにはあらず。われらがなにとみるかたちを、かれが水とすらん。かれが瓔珞は、われ水とみる。
 水を妙華とみるあり。しかあれども、花を水ともちゐるにあらず。鬼は水をもて猛火とみる、膿血とみる。龍魚は宮殿とみる、楼台とみる。あるいは七宝摩尼珠とみる、あるいは樹林牆壁とみる、あるいは清浄解脱の法性とみる。(中略)人間これを水とみる。殺活の因縁なり。
 すでに、随類の所見不同なり、しばらくこれを疑著すべし。一境をみるに所見しなじななりとやせん。諸象を一境なりと誤錯せりとやせん。功夫の頂ニンにさらに功夫すべし。
(中略)さらにこの宗旨を憶想するに、諸類の水たとひおほしといへども、本水なきがごとし、諸類の水なきがごとし。(刊/角川ソフィア文庫 著/頼住光子 『正法眼蔵入門』78・79頁)

とあります。この道元禅師の文により愚人は、「曼荼羅本尊」を「曼荼羅本尊」として成さしめているのは信仰者の主観であり、「曼荼羅本尊」もまた「縁起」によって存するモノであり、「縁起ー無自性ー空」である故に「曼荼羅本尊」もまた「空」であると考えました。

 しかしながら道元禅師は、

 而今の山水は、古仏の道現成なり。(刊/NHK出版 著/ひろさちや 『道元 正法眼蔵』74頁)

と山水もまた山水の在り方において説法をしているのだとしています。これからすれば「曼荼羅本尊」もまた「曼荼羅本尊」の在り方において説法をしていると言えると思います、ら

 なお、法介氏が信仰している「曼荼羅本尊」を「モノ」と表記した失礼をお詫びします。



[166] 愚人さん

投稿者: 法介 投稿日:2016年11月19日(土)10時39分47秒 p326208-ipngn200710fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

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空なるが故に事象を「無我・無自称」とする訳です。
「無我・無自称」といっても単なる「無」とみなす「但空の理」ではなく
「無我・無自称」の中に妙法が具わっているとみる「不但空の理」ですから、
次のような例えになります。


目の前の人物が怒っている相であるならば
怒るに至るまでの十如是がそこにはあって

目の前の人物が体が不自由な相であるならば
そのような体で生まれてこなければならない三千世間がある訳です。

そのように、
対称となる事象を実体視するのではなく、
法でとらえる訳ですから
とらえる側の当事者の境涯が十界のどれになっているかによって
とらえる事物の相もまた異なってきます。

関わる人が変われば見え方も変わってくるので
事物には本質も実体も存在しない「無我・無自称」となります。

ではご本尊様はどうかと言いますと、
自身がどのような境涯(九界)でご本尊様と向き合おうが
ご本尊様は常に仏界という相であられます。
我々が人界の中で十界が互具しているように
ご本尊様も仏界の中で十界が互具されておられます。

その人界の中の仏界と
仏界の中の人界とが融合することで仏の智恵を悟ることが出来ます。

このように「無我・無自称」というのは、
たんなる「無」ではなくその中に妙法(一念三千)が具わっているということで
ご本尊様は一念三千の当体ということになります。

ご本尊様に限らず事象は全て一念三千の当体とみなすのが
「諸法実相」でしょう。



[165] 法介氏

投稿者: 愚人 投稿日:2016年11月19日(土)05時42分29秒 softbank126074097174.bbtec.net  通報   返信・引用   編集済

 法介氏の考察を読ませて頂きました。

 素朴な質問なのですが、日蓮聖人の「曼荼羅本尊」も「無自性」ですか?。


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