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原稿

 投稿者:えちか  投稿日:2002年 3月15日(金)05時25分26秒
  3月15日
仕事を遅刻して笑っていいともの観覧キャンセル待ち。

…現在、ネットカフェでこれを書いています。っていうか、どうしてこんな時間(朝5時)に
私はこんなところにいるんだろう(笑)。
キャンセル待ちは基本的に抽選なので、そこまで早めに行くこともないのだが、
抽選をするために並ぶんだな。抽選は早いもの勝ちなので。
もうね、ストレスたまってるんです、仕事の(笑)。
でも、あさっては温泉旅行だ。それを生きがいに今日もがんばろう。
その前に前菜として、今日の観覧見れるといいな。
 
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時45分32秒
  アイドルという言葉は和製英語で、もちろん外人に「アイ ライク アイドル」と言っても通じない。アイドルとは日本独自のもので、大まかな意味としては「偶像・形のないもの・それを崇拝すること」とある。リアルを追求するロックに対し、あくまで偶像として存在するアイドル。なのに歌っている内容は同じという矛盾。
では、ロックとアイドルの大きな違いとは何か? 
ロックはあくまで音楽のジャンルである。まずそこに音楽があって初めて意味を持つ。アイドルは、音楽はあくまで二の次で、客を楽しませる為に音楽というツールを有効利用しているにすぎない。そこが大きく異なる部分だろう。だからこそアイドルは客を楽しませる為なら何でもやる。テレビで捨て身の笑いも取るし、コンサートでは地上30メートルをクレーンで吊られ空をも飛び、マジックまで披露する。怖い番組ではアイドル自らが廃校や病院に出向き、トイレに花子さんが出ると言われれば実際にトイレの前で何時間も幽霊が出るのを待ち、はては写真まで撮る(しかも見えないはずのものまで写したりもする)。
ロックとアイドルの方向性の違いと言われればそれまでかもしれないが、あんたソレできる!? 私がもしも超ビッグ・アーティストだったとしてもそんな怖いことはできないね(断言)。っていうか、私がビッグな人間だったら金にもの言わせてそんな仕事は蹴る。嵐なんて、シングルがのきなみオリコン1位を取っているにもかかわらず、今でも毎週怖い思いを強いられている。見ていてこっちが素で泣けてくる。「こんな子供(私よりは年下なので)がこんなに理不尽な企画をがんばってるなんて…」と思っただけで尊敬に値する。
しかも、彼らはどんなに過酷な状況でもカメラの前で笑う。キンキがデビューした年の年間通しての休日は14日だったそうだが、それでも彼らは笑顔を振りまき、見る人を楽しませてくれた。それが例え嘘で塗り固められた作り笑いだったとしても、客の為に笑おうとしたその努力まで否定してしまうのは、あまりに残酷だ。
そういえば、人生に疲れた人はアイドルに走りやすいらしい。
私? うん、正直疲れてる。仕事にも業界にも人生にも疲れてる(涙)。
決してロックをばかにしているわけではないので誤解してほしくないのだが、ロック、うるさい(爆)。音がじゃなくて。言いたいことがあるなら音で示してくれと、疲れがピークに達するとよく思う。雑誌やテレビなどのメディアにまで音楽を語る必要性がはたしてあるのか? と思ってしまうのだ。それ言っちゃうと私の商売あがったりなのだが、思う。
だって、音楽で充分じゃない? いい音楽を作ってくれて、歌番組に出て、それでいい。
だからこそ、雑誌では「最近、犬飼い始めたんですよ~」と、薄っぺらい内容をただ垂れ流すアイドル雑誌に癒され、自分たちで曲を作らないぶん、押しつけがましいことのない、いわば当たり障りのないアイドルに惹かれるのだ。
ロックはリスナーに「このままでいいのか?」という疑問をダイレクトにぶつけてくる。
それはそれで大好きだし、ロックによって救われ、今まで生きてきたと言っても過言ではない。ただ、自分と向き合う余裕がないんです。逃げです。
アイドルだからといって馬鹿にするなかれ。エンターティナーとしては完璧な彼らの魅力に、ハマれとは言わないから一度ちゃんと向き合って評価してほしい。
ま、私個人としてはそこに美少年がわんさかといるだけで何もしなくても癒されてウッハウハなんだけどね。
 
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時44分29秒
  ビバ! アイドル!!

 とうとうアイドルです。読んでくれる人、いるかな…あはは…。
正直言って私はアイドルに興味がなかったそれどころか大嫌いだった。
ロック至上主義だった私はどうしても最後の最後で「ロック」にこだわっていた。ロックとは戦うことであり、自分を見つめ直す為の音楽であり、生きる道しるべを照らしてくれる光のようなものだった。ふだん口に出さなくても、こう思っている人って結構多いと思う。
じゃあ何でロックとは対局上にあると思われるアイドルを薦めるのか? というと、このふたつ、実は同じなんだな。同じというか、ロックがアイドルに似てきた。
1980年代まで、ロックはちっとも金にならない音楽だった。ビジネスとして成立しにくい、一部の熱狂的ファンの為の音楽だった。それが90年代に入ると、バンドブームが巻き起こり、素人に毛が生えた程度のバンドが次々とヒットを生み出していく。バブリーな(古い)時代だったなぁあれ。音楽雑誌やミュージシャンは当時を振り返って「最悪の時代だった」と口をそろえるが、はたして本当に最悪だったのか? と思う。確かにカスバンドも死ぬほど出てきた。内容のない歌詞、へたくそな演奏、一発屋と呼ばれて消えていくバンド。
しかし、そのブームによって、確かに本物と呼べるバンドも数多く表に出てくることができたことを考えると、プラスマイナスゼロな気がするんだけどな~。
そうして大衆化したロックはしだいに戦う必要性をなくし、歌謡曲に吸収されていく。そりゃそうだ、世間に認めさせることで戦ってきたのに、手のひらを返したように認めてくれるんだもの。戦う相手がいなくなっちゃったんだな。コアなファン以外の大衆からの需要で曲もソフトで聞きやすいメロディになり、歌詞も攻撃的なものは少なくなっていった。
そこで行き場をなくしたロックがどこへ向かったのかというと、愛。愛を高らかに歌うことでメッセージ性を持たせてきたのだ。今、世間に流れている歌の中で、どこからがロックでどこからが歌謡曲だってきちんと区別できる人ってそういないと思う。バンド形式がロックならTOKIOもれっきとしたロックだし、楽器を持たないことがアイドルならゴスペラーズだってアイドルだ。
ああ、話がずれてきた(汗)。で、アイドルの話だっけ? 
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時42分20秒
  「あぁ……それ、同じこと私も言われたわ。2年くらい前」

言われたことあるんかい(泣)。
ホントにのどまで出かかった「じゃあその時に何とか対処しろよ」という言葉も、今さら言ったところであのババアは爆走するだろう。怖っ!
結局、証拠も何もなく(当たり前だ)、その後もババアは挙動不審な行動を繰り返し、私はといえば姉が上京して一緒に住むことになったので引っ越しをしてしまった。
「あなた、本当に隣の人? 引っ越してきた当初はとてもいい人に見えたんだけど」
と、本人を目の前にしてのたまったババア(怒)は、先日、近所に住む友だちの家に遊びに行った時も、ドアを開けっ放しで着替えをしていた。
はっきり言ってセクハラですそれ。
お化けや幽霊なんかより、生きた人間のほうが100倍怖いわ。

 
 見えないものが見えると人に言うと、たいてい質問されるのが
「どんなのが見えるの?」と「どんな感じなの?」である。
どんなのが見えるのかという質問は、見えないものの形状による。
あからさまに人間だったり、黒いもやのようなものだったりといろいろだ。
ただ、私自身に霊感はほとんどなく、霊感が強い人によって触発される体質なので、「見える」くらい強い波動はまれだったりする。ようするに私が見えた時に一緒にいた人(現生命体)は、よっぽど霊感体質だということだ。
 たいていの場合、見えるというより「感じる」ことのほうが圧倒的に多い。
どんな感じかと言われるとこれがなかなか説明が難しいのだが、「理由はないけどなんとなく気色悪い(気持ち悪いではない)」とか「何かわからんけどとにかくイヤな感じがする」という、いたってあいまいなものだ。
 霊が近くにいると、まず寒くなる。真夏の炎天下にいても鳥肌が立つ。そして、その寒気にガマンしていると、自分の周り360度のうち、ある一方からだけ妙にイヤな感じがするのだ。これで音なんかが聞こえたらもう完璧。間違いなくヤツはそこにいる。
自分の右側に霊がいると、右側の耳だけが耳鳴りを起こす。左もしかり。しかもその耳鳴りは「キーン」という高い音ではなく、「ボォォン」という重低音。あーいるいるいる!
ここでたぶん見なければいいのだろうけど、何もないことを確認しないと余計に怖いので毎回確認してしまう。そこで例えイヤな悪寒が確かに感じたとしても、目に見えなければいないことにする。見えたらそれは大当たり。ひゃっほー
 霊感体質のない人でも、たまに部屋の一部分がどうしても気になる時ってない? 理由はないんだけど、気になって気になってまるで猫のように一点を見つめずにはいられない時。そんな時はまず間違いなくいる。ヤバイものじゃなかったとしても、とにかく見えないものがいる。
 もしもあなたがそんな体験をしたら、部屋のよすみに盛り塩を盛っておくといい。
気休めかもしれないけど、ないよりはまし。
そして次の日、もしもその塩がじっとりと湿っていたら大当たりですあなた。

 
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時41分40秒
  幽霊やお化けの類はよく水まわりにいるという。湿気の多いところや音の大きな場所(スタジオとか)によってくるらしい。とは言っても水がないと生きていけない生命を持つ私たちは自宅に水道を引き、夏には海にでかけ、毎日お風呂に入り、水が常にある生活を強いられている。生命が水から離れられないように、元生命も水から離れられないのかもしれない。つまりは私たち生命はお化けから離れられない(泣)。
 私が東京に引っ越した時の最初のアパートは、実にいろんなものが生活をじゃましていた。しかも契約するまでは何も被害を加えずに、住みだして後戻りできなくなってから悪さをしだすという姑息ぶり。テレビを観ている最中に勝手にテレビを消したり、出かけている間に玄関を水浸しにしたり、怖くて盛り塩を置いておいても次の日には溶けてしまうくらい被害は大きかった。
でもね、本当に怖いのはお化けじゃないんです。
じゃあ何かと言うと、隣のおばちゃんが一番怖いんです。
 隣のおばちゃん、年齢は当時44歳(大家から聞いた)は職業不明で、休みが不定期だった私がいつ休んでも、隣からは常に生活音がしていた。しかもその生活音がまたすごい。夜、私が寝ようとして電気を消すと、薄い壁の向こうから何かを調理している音が聞こえる。それもまるで骨付き肉をでかい包丁で切断しているような「ドガッ! ベキッ!」という破壊音。そしてなぜか電話で「やだ~部長ってばぁ」という謎の会話。一日中家にいてうるさいアンタ、いつ会社に行ってるんだ?
 まあそれでも初めての独り暮らしでトラブルは起こしたくないので文句も言わずに黙っていた。そして1年後、おばちゃんの挙動不審が目立つようになる。
 ある日、朝寝ていた私の部屋のドアを蹴り倒すかの勢いでドンドンと叩きおばちゃん登場。眠い目をこすって何事かと聞くと
「あなた、私の家の網戸を切り刻んだでしょ!」
 ……なに言ってんだこのババア? 
 よく話を聞くと、先日彼女の家の網戸が破れていたらしく、隣の私の網戸は何事もなかったから私が犯人だと言う。何でやねん!
 その日、私の部屋のベランダには前日から干しっぱなしにしていた洗濯物があった。もしも犯人がただの愉快犯だったとしても、わざわざ洗濯物をよけて網戸だけを切っていくということはしないだろう。っていうか、その網戸が古くて破けただけじゃないのか?
 いくら弁解しても話すら聞いてくれないので、私は途中で話を切ってドアを閉めた。その日は何事もなく寝て、次の日の朝。
ドンドンドンッ!(ドアを叩く音)
私「どちら様ですか?」
ババア「あなた! 私の着替えをのぞいてるでしょ!」
 ……はぁ!? 
「とぼけても無駄です! 私の会社にプライベートな情報を流してるのはあなたでしょ!」
 とにかく意味わかんねぇ。てめぇの職種なんてしらねぇよ! ってゆーか何で二十歳の女が40過ぎの挙動不審なババアの着替えをのぞかなきゃいけないんですか(涙)。
まあそういうことをやんわりと説明したんですが、ババアまたしても強気。
「証拠はあがってるんです! このまま警察に行きますけど、いいですね? 裁判にもちこみますから!」
よく晴れた休日の朝にたたき起こされてこれかい……ちょっぴり泣けてくるくらい切なくなる。勝手にしてくれもう……。
 とりあえず警察でもどこでも行ってくれ、とババアを追い出して、仕方ないので母に相談。するとすごい剣幕で「大家さんに相談しなさい! 今すぐ!」といわれたので、向かいにある大家さんに相談しに行った。
すると大家さん、その話を聞いてポツリと言った。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時40分43秒
   私がまだ宮城の実家に住んでいた頃、しょっちゅう学校をサボっては東京にライブを観に来ていた。バンドは様々だったが、ほぼ9割はLUNA SEAの追っかけをしていた高校3年生の時、神戸に住むAちゃんという女の子と知り合った。彼女は私のひとつ下の高校2年生で、この日のライブで初めて東京に来たらしい。歳も近く、また同じバンドのファンということもあって私たちは意気投合して、ライブ後には近くの喫茶店で朝までLUNA SEAについて語り明かした。
 私も彼女も地方なので、次に会うのはツアーが始まる4月。それまでお金を貯めて、神戸でライブがあったら絶対に行くよと約束して別れた。
 そして、その1ヶ月後の1月17日、事件は起きてしまった。
阪神・淡路大震災である。
 宮城に住んでいた私はニュースでそのことを知った。朝、学校へ行く前は死者200人、2時間目に聞いた話では死者400人、昼休みには死者600人とと瞬く間に被害は広がっていく。あまりの被害の大きさに、逆にリアリティが感じられなかった(すいません…)。
 そして震災から1ヶ月ほど経ったある日、私は友だちとRYUICHIのトークライブを観るために東京に来ていた。しかしライブも終わって、さあ帰ろうかという時になって、仲間のひとりが『足が痛い』と言い出したのだ。
私「歩きすぎたんじゃないの?」
友「ううん…何かつぶされたみたいに痛い…痛い痛いいたたた!」
 あまりに友だちが痛がるので、仕方なく彼女の親に迎えに来てもらうことにした。駅で待ち合わせをして待つこと1時間、友だちの母は私たちを見て一言
「あらあんた、何連れてきてるのよ?」
 何ってナニですかお母さぁぁぁん(号泣)
 くわしく特徴を聞くと、ふと思い浮かぶ人物の姿。服装といい、髪型といい、持っているバッグといい、どう聞いても年末に知り合ったAちゃんとしか思えない。当たり前だけどこのお母さんはAちゃんどころか私とも会ったことがない。
母「足にケガしてるわ。たぶんその震災で亡くなったんでしょうね。白いコート着て、髪が長くてLUNA SEAのトランク持ってるわ」
 まちがいない、Aちゃんだ……。
 後日、会場で撮った写真を現像してビックリした。渋公の階段で私と友だちが写っているその間に、小さく小さく写ったAちゃんの姿。その格好は、私と出会った時と同じ白いコートに黒のブーツ、そして手にはステッカーの貼られたトランクを持って立っていた。俗に言う心霊写真というものだ。もちろん心霊写真を生で見るのも撮るのも初めてだったが、不思議と怖さは感じなかった。
 その写真はネガごとお寺に持っていって供養してもらったけど、Aちゃんはその後ちゃんと成仏できたのか、それ以降は一度も見たことがない。
 怖いというより、ちょっぴり悲しいお話。


 
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時39分55秒
  同じく中学生の頃、私は同級生とバンドを組んでいた。バンドと言ってもコピー・バンドとも言えないお粗末なものだったが、練習を口実に泊まりがけで遊んだり、みんなで音楽の話をするだけで楽しかった。
 そのバンドのメンバーの中に、ひとりとても霊感の強いヤツがいて、そいつも私と同様、見えないものが見えているヤツだった。それでもこの頃には私の霊感もだいぶ弱まっていて、霊感が強い人間と一緒にいると見える、その程度のものになっていた。
 ある日、私はいつものように洋子(仮名)の家で練習をする為に出かけた。玄関先に自転車を止めた時、洋子以外の家族全員が出かけるために車に乗り込むところだった。
私「あ、おじゃましま~す」
家の人「ああ、洋子は二階にいるから、留守よろしくね~」
 そんななごやかなあいさつを交わし、そのまま家の中に。名前を呼ぶと、洋子は二階にいて、勝手に上がってこいと言う。で、階段を上がって部屋に入ろうとした時、左の部屋で洋子がワープロを打っていた。この家の二階は階段を上りきると廊下はなく左右にひとつずつ部屋がある設計になっている。ワープロがある左の部屋は弟の部屋だったので、私は洋子を無視してドアを開け、防音設備のある右の部屋に入ろうとした。
すると、誰もいないはずの右の部屋の中で、洋子がギターを弾いていたのだ。
「………はい?」
 廊下のあるなしに関わらず、2秒前まで左の部屋にいたはずの洋子が右の部屋にいるわけがない。驚いて先ほど洋子を見た左の部屋をのぞくと、部屋には誰もいなく、そのかわりにテーブルの上に置かれていたワープロの電源がONになっていた。
洋子「○○(私の本名)? どうしたの?」
私「…いや、さっきあんた隣の部屋にいなかった?」
洋子「はぁ? 弟の部屋には入らないよ、私」
……誰だよアレ……
 前にも書いたが、洋子以外の家族は車で外出した。私がこの目ではっきりと見送ったはずだ。この家にいるのは私と洋子しかいない(はず)。それなのに左の部屋にいた洋子。
 数年後、久々に再会した時にその話になった。
洋子「あ、私本当は双子だったんだよ。途中でひとりがお腹の中で死んじゃったからひとりで生まれてきたけど」
私「そいつだ!」
 ちなみに、洋子の学区(私とは学区が違っていて、中学になって同じ学校になった)ではなぜか流産がとても多い。私の同級生も『姉がいた(はず)』『弟がふたりいた(はず)』という人がとても多い。しかもこの学区内だけ。
 そして、洋子が小学3年生の時の校長は、ある日突然発狂して行方不明になったまま、今でも見つかっていない。嘘のようなホントの話。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時37分49秒
  小学生の頃は、ことあるごとに見えないものを見ていた。親と買い物に行って同じくらいの子供と仲良くなったら存在しない人だったとか、存在しないはずの野良猫に餌をやってたりとか、誰に言っても信じてくれないが確かにいろいろ見ていた。
 私の家族は誰も霊感がなく、なぜ私だけがこんな目に遭うのか当時は不思議でしかたなかったが、今思うと通学途中にある墓地に生えていた『のびる』というらっきょうに似た食用植物を採ってきてはおやつに食っていたせいかもしれない(食うなよ)。
日本で火葬が義務づけられたのはそう昔のことではないから、どう考えてもあの草は仏さんを栄養分として育っているはず。いやだぁぁぁ!
 おかげさまでその墓地でもよく見た。その中でも怖かったのが中学生の時にやった肝試し。当時私はジュニア・リーダーという、ボランティアで地元の少年団の世話をする仕事をしていたのだが、毎年夏にジュニアだけ集まって肝試しをするという企画があった。男女ふたりで街灯のない中学の裏山を一周するのだが、組み合わせはくじ引きだったため、先輩との間で裏工作して私は多くの犠牲と引き替えに無事に大好きだった先輩とチームを組み山頂にある神社に向かった。この先輩は兄の同級生ということもあって共通の話もあり、浮き足立った私は正直言って幽霊なんて先輩とツーショットの前にどうでもよかった。が!
 例の墓地の前を通った時、後ろから鈴の音と共に誰かが自転車で近づいてくる気配がした。言っておくが中学校の裏山なんて夜は誰もいない。もし誰かが来たとしても、山のふもとで待っている他のジュニアの人の前を通らないとこの道には来れない。
 実は幽霊自体はそこまで怖くなかった(慣れって怖い)私は、それでも大好きな先輩の前でかわいい姿を見せようと必死で怖がってみた(姑息な…)。先輩も後輩を前にしてみっともない姿を見せたくないのか、強気な口調で怒鳴った。
先輩「おい、○○(兄の名前)か?」
誰か「……」
先輩「誰だ!」
誰か「…………僕です……」
だだだだ誰もいないんですけどぉぉぉ!!!
 鈴の音が後ろから私たちふたりを追い越して行く。自転車をこぐペダルの音も聞こえるのに、誰もいないんだってばぁぁ~(号泣)!
 その後私と先輩はふたりで手をつないで山を駆け下りた。すんげぇ怖かったけど、怖さを装って腕も組めたし、走って帰る時もずっと手をつないでいられたから、ここはやっぱり見えない誰かに感謝するべきなんだろうか。
あの時はありがとう幽霊さん(誰か知らないけど)。願わくば次にこういうチャンスがあったらまた会いたいです。そこんとこよろしく。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時35分55秒
  ちょっぴりとっても怖いお話

 私がジャニーズに走ったことは、このホームページでも書いているしまわりの友だちにも公言している。バンドと違ってアイドルはテレビによく出るから全部シェアするのはとても大変なのだが、今のところ全部チェックするようにしている。
 その数あるジャニーズ番組の中でも私のお気に入りなのが、東京では土曜日の夜8時から放送されている「USO! ジャパン」。視聴者から寄せられるたくさんの怖い噂やお化けスポットを、アイドル自らが検証して噂の解明につとめるという、至ってシンプルな番組だ。
 最初のうちこそ怖くてトイレにも行けないくら怯えながら見ていた私も、最近ではお化けスポットに行ってプルプル震えながら幽霊を待つアイドルを見てウハウハしている(変態)。
だがしかし。私もそれなりに怖い体験をしてきているのだ。さすがに自分が取り憑かれたことすらないけど、見たり感じたりという類のことは一通り経験している。
 というわけで今回は私が体験してきた怖い話をしよう(前フリ長すぎ…)。

 私がいちばん最初に幽霊を見たのは小学生に入学したての頃、しかも場所は祖父母の家だった。この家は2001年11月現在で築110年以上が経過していて、後に作った離れを長い廊下でつないである。トイレもその廊下を通った先にあるのだが、その廊下が怖い。
廊下の壁はすべて外に出られるようにガラスになっていて、ガラスの向こうは昼でも暗い森になっている(しかもこの森も我が家の敷地)。写真館に実家の写真が置いてあるけど、マジでこの山ウチの親族しか住んでいないために街灯すらつけてもらえない(涙)。夜になるとまさに真っ暗。そして築110年。何が出てもおかしくない。ウチの敷地は田舎なのでべらぼうに広いけど、生きている人間の数より生きていた元生物の数のほうが絶対多いと思うね。
 その日私は祖父母の家にお泊まりをしていた。家では観せてくれないバラエティ番組を観ていて、イトコとふたりでお風呂にも入り、さぁ寝ようかという時になって急激にトイレに行きたくなった私は、怖いからとばあちゃんにトイレの前で待たせて用をすませようとして個室に入った。いわずもがな田舎のトイレはくみ取り式(ぼっとん)で、一度でもこの形式のトイレを利用したことがある人なら理解していただけると思うけど、
個室に入った瞬間、まず便器の中に広がる闇をのぞかない? ね? ね?
 もちろん私も例のごとく漆黒の闇をわけもなくのぞきこんだ。そしたら、
いたんです穴の底に目を見開いた知らないおじいさんが。
しかもね、目が合っちゃったんですその瞬間私大発狂。
もちろん大騒ぎになるはずだったこの話、外で待っていたばあちゃんに必死で助けを求めると、ちびってしまった私に彼女は一言
「ああ、そいづはばあちゃんだがらしんぺぇすんな」
ばあちゃんだったらよけいに怖いって……。

 
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2001年11月 3日(土)17時34分18秒
  10月30日
最近、昔付き合いのあった人からまた連絡が入るようになった。

98年頃、私はとあるバンドマンとお付き合い(のようなそうでないような)をしていた。
その人は昔けっこう売れていたバンドの人で、私も中学生時代にファンでライブにもよく行っていた人。ちょっとしたキッカケで嫌いになってしまった人でもある。
そのバンドが最近復活して、ちょっとしたキッカケでまた連絡を取り合っている。
でも、当時どうしても耐えきれないことがあって、連絡をもらってもずっと無視していた。
人生、何が起きるか本当にわからない。昨日まで大好きだった人が急に嫌いになったり、またその逆もある。


11月3日
カミコン(カミング・センチュリーのコンサート)のチケ取り。

そういえばもしかして今日は文化の日?
仕事柄、曜日感覚もなければ日付の感覚もない。毎週チェックしているテレビ番組のおかげでそれでも少しは曜日感覚だけは取り戻しているが、今日が国民の休日だということを午後になって知った。
今日はカミコンの一般発売で、前日から姉とふたりでぴあに並ぶ。電話予約は信用していないので仕方ないことだが、この歳で徹夜のチケ取りはやっぱりつらい。
完全防備の服装に毛布とホットココア(魔法瓶入り)、枕まで準備したにもかかわらず、寒くて凍えた。
LUNA SEAの時はファンクラブで取っていたので、久々のチケ取り。どれだけチケットに関して自分が楽をしてきたか思い知りました。
ここまで努力して、やっと1日だけのチケットを手に入れる。
ほんの数時間の、それも形に残らない物のためについやする努力。
それでも、その数時間は何物にも代えられない時間だ。



デビシル 中野サンプラザ

昼までグーグー寝てからライブに望むつもろが、こういう休日に限って早起きしてしまう。
仕方がないので出かける前に家事全般を終わらせて、新宿で悦子さんと待ち合わせ。
会場に着いて、同じくライブに来ていたチャット仲間と談笑。すると目の前にヌーキキのダイナちゃんが立っている。たぶんフルフルと待ち合わせをしているんだろうけど、待てど暮らせどいっこうにフルフルは来ない。風が強く肌寒い場所でけなげにフルフルを待っていたダイナちゃんは、まるで忠犬ハチ公のようでそこはかとなく哀愁がただよっていた。
ライブは何と始終座って観るという珍しいスタイルで(別に立ってもいいんだけど)、立ち見に慣れている私と悦子さんにとってはキツイものだった。しかも全曲アレンジされていて、地雷ゼロの曲も戦メリの曲もジャパン時代の曲も全てブルースにアレンジされている。彼の高音が好きな私は少し物足りなくも感じたけど、それでも第一声を聴いた瞬間、背中の骨髄液が沸騰するんじゃないかっていうくらいセクシーでイキそうになった。誰だったか昔、デヴィッドの声を「納豆ボイス」と表現したことがあったが、まさに納豆、よく通るくせしてまとわりつくような声なんだよな。こんな声を耳元で囁かれたらもうイチコロ。ライブを観ている私たちももれなくイチコロ、途中あまりに心地よくてウトウトすらしてしまった。あああ初恋の君を目の前にしてなにしてんだ私。
約7年ぶりに観るデヴィッドはお腹も出ていて(泣)、すっかり歳を取っていてただのオヤジだったけど、見た目なんてどうでもいいと思わせるほどの美声。地雷ゼロキャンペーンでその声を初めて聴いた人も多いだろうけど、彼の歌はマジで奇跡に近い声なんですよ今現在活躍してるミュージシャンに当時片っ端から影響与えまくった声が20年以上経った今も変わることなく、それどころか艶と深みを増してるんだからすごすぎる。声は楽器と違って練習でどうにかなるものじゃない。才能と表現力が全ての楽器。
 今回のライブはMCがなく、ただ延々と曲を演奏していく(しかも2時間みっちり休みなく)スタイルで、サポートメンバーには弟のスティーヴがいたのに兄弟が顔をあわせることもほとんどない。セットも美術効果もなんにもない。ついでに客からの黄色い声もなく、ないずくしの会場に響き渡る納豆ボイス。渋すぎ。
個人的にはジャパン時代の「QUIET LIFE」が聴けたのが嬉しかったけど、ブルース仕立てじゃなくオリジナル・ヴァージョンで聴きたかったな。
 
 

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